長野県下伊那郡、大鹿村。南アルプス山麓の谷間に位置し、四方を山で囲まれたこの地では、三百年以上にもわたり村歌舞伎の伝統が守られてきた。シカ料理店「ディア・イーター」を営む風祭善(原田芳雄)は、その大鹿歌舞伎に人生を捧げてきた花形役者だ。ひとたび舞台に立てば、村人の喝采を一身にあびる存在。だが実生活では女房に逃げられ、哀れ独り身を囲っている。都会からアルバイトに応募してきたワケありそうな青年・雷音(冨浦智嗣)に「この村じゃ芝居しないと嫁が来ない」と強がってみせたものの、全身からにじむ屈託は隠せない。
公演を五日後に控えたその日。村役場の会議室は、リニア新幹線の誘致をめぐってモメにモメていた。「駅ができりゃ若い奴が戻ってくる」と主張する土木業の権三(石橋蓮司)と、「農業を捨てる人間が増えるだけ」と反論する農家の満(小倉一郎)。なだめ役の商店主・玄一郎(でんでん)。全員、村歌舞伎の役者だ。東京に出ていった男と煮え切らない関係が続く総務課職員の美江(松たか子)は、思案顔。バス運転手で女形の一平(佐藤浩市)が横目でそれを気にしている。ひとり善だけが、「早く稽古しようよ」と歌舞伎で頭がいっぱいだ。今年の演目『六千両後日文章 重忠館の段』は、大鹿歌舞伎きっての代表作。平家滅亡の後日談を描いたこの一大スペクタクルで、源頼朝を相手に大暴れする"敗残のヒーロー"景清こそ、善がずっと演じてきた十八番の役だった。
ところが、ようやく稽古が始まったところで、とんでもない事件が起きてしまう。十八年前に失踪した妻の貴子(大楠道代)と幼なじみの治(岸部一徳)が突然戻ってきたのだ。あ然とする善に「ごめん、どうしようもなくて……返す」と詫びる治。聞けば貴子は認知症を煩い、自分が駆け落ちしたことさえ忘れてしまったという。思わず「目ん玉くり抜いてやる」と殴りかかる善だったが、少女のように無邪気な貴子に水をかけられ戦意を喪失。その夜、成り行きで二人を泊めてしまう。貴子が布団に入った後、気まずい表情で酒を酌み交わすかつての親友同士。翌日、去ろうとする治に、善は「歌舞伎、見ていかないのか」と声をかける。
金のない治は温泉旅館を経営する一夫(小野武彦)のもと住み込みを始め、貴子はそのまま「ディア・イーター」に落ち着いた。アルバイトの雷音は、舞台の黒衣を務める青年・寛治(瑛太)が気になるらしい。一方、善は割り切れない思いを抱えたまま、リニア問題で喧嘩した仲間の間を走りまわっていた。駄々をこねるメンバーを訪ね、おだてたりすかしたり…。だが、家に帰れば容赦のない現実が待っていた。台所の食材を片っ端から口に入れ、善が好きな味付けも忘れてしまった貴子。なぜか雷音は貴子をかばうが、善の心は暗くなるばかりだ。
あるとき貴子は、村の商店から勝手に品物を持ち出してしまう。必死で謝る夫を尻目に「何もしてません」と言いはる姿に、ついに善の気持ちは切れてしまう。「これじゃ景清なんかやれない」。ところが、歌舞伎保存会の長老・義一(三國連太郎)に詫びようと立ち上がったその瞬間、横から貴子の声が聞こえてきた。「ハテ合点の行かぬ、心有りげな夫の詞…」。景清の相手役である道柴の台詞。かつて舞台で演じ、善と結婚するきっかけになったこの役を、全ての記憶が曖昧になってもなお彼女は覚えていたのだ。
いよいよ明日が本番という日。最大風速三十メートルの暴風雨が村を襲い、女形の一平が土砂崩れに巻き込まれてしまう。幸い命は助かったものの、とても舞台には立てない状態だ。病院に駆けつけた善を前に、一平は思いがけない提案をする。そしてちょうど同じ頃、家の窓から激しい雨を見つめていた貴子は、何かを思い出したかのように、ひとり台風の中へと飛び出していった──。
サテ三百年の伝統はここで途切れてしまうのか。はたして『六千両後日文章 重忠館の段』の幕は無事開くことができるのか。小さな村を巻き込んだ大騒動の、行方やいかに!?
公演を五日後に控えたその日。村役場の会議室は、リニア新幹線の誘致をめぐってモメにモメていた。「駅ができりゃ若い奴が戻ってくる」と主張する土木業の権三(石橋蓮司)と、「農業を捨てる人間が増えるだけ」と反論する農家の満(小倉一郎)。なだめ役の商店主・玄一郎(でんでん)。全員、村歌舞伎の役者だ。東京に出ていった男と煮え切らない関係が続く総務課職員の美江(松たか子)は、思案顔。バス運転手で女形の一平(佐藤浩市)が横目でそれを気にしている。ひとり善だけが、「早く稽古しようよ」と歌舞伎で頭がいっぱいだ。今年の演目『六千両後日文章 重忠館の段』は、大鹿歌舞伎きっての代表作。平家滅亡の後日談を描いたこの一大スペクタクルで、源頼朝を相手に大暴れする"敗残のヒーロー"景清こそ、善がずっと演じてきた十八番の役だった。
ところが、ようやく稽古が始まったところで、とんでもない事件が起きてしまう。十八年前に失踪した妻の貴子(大楠道代)と幼なじみの治(岸部一徳)が突然戻ってきたのだ。あ然とする善に「ごめん、どうしようもなくて……返す」と詫びる治。聞けば貴子は認知症を煩い、自分が駆け落ちしたことさえ忘れてしまったという。思わず「目ん玉くり抜いてやる」と殴りかかる善だったが、少女のように無邪気な貴子に水をかけられ戦意を喪失。その夜、成り行きで二人を泊めてしまう。貴子が布団に入った後、気まずい表情で酒を酌み交わすかつての親友同士。翌日、去ろうとする治に、善は「歌舞伎、見ていかないのか」と声をかける。
金のない治は温泉旅館を経営する一夫(小野武彦)のもと住み込みを始め、貴子はそのまま「ディア・イーター」に落ち着いた。アルバイトの雷音は、舞台の黒衣を務める青年・寛治(瑛太)が気になるらしい。一方、善は割り切れない思いを抱えたまま、リニア問題で喧嘩した仲間の間を走りまわっていた。駄々をこねるメンバーを訪ね、おだてたりすかしたり…。だが、家に帰れば容赦のない現実が待っていた。台所の食材を片っ端から口に入れ、善が好きな味付けも忘れてしまった貴子。なぜか雷音は貴子をかばうが、善の心は暗くなるばかりだ。
あるとき貴子は、村の商店から勝手に品物を持ち出してしまう。必死で謝る夫を尻目に「何もしてません」と言いはる姿に、ついに善の気持ちは切れてしまう。「これじゃ景清なんかやれない」。ところが、歌舞伎保存会の長老・義一(三國連太郎)に詫びようと立ち上がったその瞬間、横から貴子の声が聞こえてきた。「ハテ合点の行かぬ、心有りげな夫の詞…」。景清の相手役である道柴の台詞。かつて舞台で演じ、善と結婚するきっかけになったこの役を、全ての記憶が曖昧になってもなお彼女は覚えていたのだ。
いよいよ明日が本番という日。最大風速三十メートルの暴風雨が村を襲い、女形の一平が土砂崩れに巻き込まれてしまう。幸い命は助かったものの、とても舞台には立てない状態だ。病院に駆けつけた善を前に、一平は思いがけない提案をする。そしてちょうど同じ頃、家の窓から激しい雨を見つめていた貴子は、何かを思い出したかのように、ひとり台風の中へと飛び出していった──。
サテ三百年の伝統はここで途切れてしまうのか。はたして『六千両後日文章 重忠館の段』の幕は無事開くことができるのか。小さな村を巻き込んだ大騒動の、行方やいかに!?

